| 昭和12年8月 |
ヤマト工作所として創業。 |

福岡本社・工場

「上椎葉アーチダム」の
ボーリンググラウト工事を完遂
 英領ボルネオ炭層調査工事
 大口径鋼管によるパイプルーフ工法開発
 モンゴルでの調査風景
 上海展示会
 バンコク展示会 |
| 昭和21年5月 |
昭和20年8月終戦と共に事業運営停止に付き、 |
|
西部支店(下関市)を改組、同地を本社として、 |
|
新事業体「株式会社ヤマト工作所」を発足。 |
|
代表取締役 岡本幸三郎。 |
| 昭和23年1月 |
下関市大字西南部町を本社とし、社名を |
|
「東邦地下工機株式会社」と改称。 |
| 昭和24年1月 |
東京都千代田区飯田橋に「東京支社」を社屋落成。 |
| 昭和24年11月 |
建設業の建設大臣登録を行う。 |
| 昭和30年3月 |
戦後ボーリング界に初めての大工事と言われる |
|
「上椎葉アーチダム」のボーリング・グラウト工事を完遂。 |
| 昭和34年6月 |
東京支社を千代田区飯田橋より千代田区内幸町 |
|
(大阪ビルディング)へ移転。 |
| 昭和36年9月 |
戦後初の海外工事として、炭層調査の委託を受け、 |
|
技術員をボルネオへ派遣。 |
| 昭和39年10月 |
福岡市に「福岡工場」落成。 |
| 昭和40年10月 |
ボーリング界に初めての大口径地滑り対策工事として、昭和36年着工の四国肱川防災工事を完成。 |
| 昭和40年12月 |
リバースペンデュラム設置工法の施工を開始。 |
| 昭和42年11月 |
大阪市浪速区に「大阪支店」開設。 |
| 昭和43年9月 |
松山市平和通りに「松山営業所」を開設。 |
| 昭和46年3月 |
TH型機開発、大口径鋼管によるパイプルーフ工法開発。 |
| 昭和47年6月 |
本社を下関市より福岡市博多区上月隈に移転。福岡工場を本社直轄工場とする。 |
| |
広島市光町に広島営業所開設 |
| 昭和49年3月 |
東北地区販売拠点として仙台市に「仙台営業所」開設。 |
| 昭和52年12月 |
信越・北陸地区販売拠点として「新潟営業所」開設。 |
| 昭和54年8月 |
名古屋市東区白壁1丁目に「名古屋営業所」開設。 |
| 昭和56年4月 |
山口県山口市に「山口営業所」を開設。 |
| 昭和56年9月 |
TH水平ボーリング機による鋼管の推進技法を集約してオーケーモール工法と呼称。 |
|
TH型を下水道用小口径推進のベースマシンとして販売を開始。 |
| 昭和61年4月 |
代表取締役 城島 正幸 |
| |
|
| 平成元年7月 |
代表取締役 岡本 幸憲 |
| 平成元年10月 |
東京支社を大阪ビルディング1号館より日比谷ダイビルへ移転。 |
| 平成3年10月 |
金沢市近岡町に「金沢営業所」開設。 |
| 平成6年10月 |
札幌市東区に「札幌営業所」開設。 |
| 平成7年3月 |
熊本市菊池郡に「熊本営業所」開設。 |
| 平成13年8月 |
大阪支店を営業所とし八尾市に移転。 |
| 平成13年11月 |
福岡工事部 ISO9001 登録 |
| 平成15年1月 |
土壌汚染対策法に基づく指定調査機関となる。 |
| 平成16年6月 |
『軽量型ボーリングマシン研究会』 発足(西日本・東日本支部) |
| 平成16年11月 |
モンゴルにて極寒地用調査機器の開発・検証 |
| 平成17年10月 |
東京支社を内幸町から東品川へ移転。 |
| |
北京での展示会「8th BICES」へ出展。 |
| 平成18年11月 |
上海での展示会「BAUMA CHINA 2006」へ出展。 |
| 平成19年11月 |
バンコクでの展示会「CONSTECH 2007」へ出展。 |
| |
|